ワンカップ大関と線香花火
この夏は、夏祭りには行けなかった。
この夏は、旅行には行けなかった。
この夏は、花火大会には行けなかった。
私の夏といえば、実家のある京都で毎年祇園祭に出かけるのが恒例だった。少々背伸びをした浴衣の袖に手を通し、テンテンと下駄の音をならしながら、人とお囃子でいっぱいになった京都の町を歩く。
たくさんの友達の笑い声と、露店で張り上げるおじちゃんの楽しげな声と、口いっぱいに頬張ったお好み焼きの甘辛いソースの味。小さな姪っ子たちと、かき氷を片手に興じる花火。それが私の夏だった。
毎年夏が訪れて、自由は少しだけ失われながら、むせるようなアスファルトの熱気に汗を流し、気がつけば遠くに過ぎていく日々。
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慌ただしく帰省した数日限りの夏休み、大切な人と過ごす束の間の時間。手元にあるのは、空っぽになったワンカップ大関と、近所のコンビニで手に入れた7本入りの線香花火。
パタパタと雨が降っていた。ワクワクと風が吹いていた。小さなベランダで、風除けになればと気まぐれに突っ込んだワンカップの中の線香花火。
36歳の夏の夜に、コップの中で咲き誇る小さな花火。私は変わらず幸せだろう。
それがこの夏のハイライト。
めっちゃキレイやん。