演台の男は、当たり前にあったはずの世界を叫んだ
こんにちは。SATTYです。
小さな時、「人に優しくしよう」「お友達と仲良くしよう」と、いろんな人たちに教えてもらいました。当たり前のように、そうやって過ごしてきました。
大人になるにつれ、少しづつ世界にある様々な出来事を知り、なぜだろう、どうしてなんだろうと悲しくなることも増えました。このまま人が当たり前だったことを失っていったら、いつかこの世界はどうなるんだろう。今日はそんな、ちょっと怖い話。
演台の男は、当たり前にあったはずの世界を叫んだ
20XX年、世界は混沌としていた。人々は自分の身を守るために、土気色のマスクをかぶり、皆が己の鎧をまとい、ただそこに存在するだけの生き物であった。
我が身を守る為、心を風化させ、周囲の何物も意味をなさないただの物質でしかなく、それはこの世界にとっての当然の日々だった。
ある日、一人の男が荒野の中央にある朽ちかけた演台の前に立った。男はマスクを脱ぎ、生々しい素肌を無防備にさらけ出し、乾燥した群衆に向かって語り出した。
みなさん、私はこの国が好きです。 私はこの世界が好きです。
でも私は、この国が悲しい。世界が悲しい。
なぜでしょうか。どうしてでしょうか。
みんながマスクをかぶり、本当の姿を隠し、誰も信じず、誰も愛さず、何も見ずに、何も感じない。
空を見ませんか! 花を愛で、土の匂いを感じませんか!
かつてこの星が美しかった頃のように!
演台の前の真っ黒な群衆は、蔑んだ黒い目をマスクから覗かせただ黙っていた。
手をつなぎましょうよ! 声をあげて笑いましょうよ!
朝はおはようといい、暮れ行く夕日を共に眺めましょうよ!
過ぎ去った日々に想いを馳せ、未来をこの手で作りましょうよ!
「100年も前の苔の生えた思想だ」 誰かが吐き捨て、その場を去った。
人を愛しましょうよ! 友を愛しましょうよ! 自らを愛しましょうよ!
嬉しい時は嬉しいと喜び、悲しいときは涙をながせばいい!
好きな人をを抱きしめ、言葉を発してケンカをすればいい!
苦しい時は誰かを頼り、頑張った己を褒め称えればいい!
石の礫が、空を切り男の頬をかすった。 砂埃にまみれた男の頬を赤い血が伝う。
堰を切ったようにそこここから狂気にまみれた黒い塊が男を襲った。
男はそれでも叫び続けた。
人に優しくしましょうよ! ありがとうと言いましょうよ!
弱音を吐きましょうよ! 誰かに手を差し伸べましょうよ!
私たちは同じ人間じゃないですか!
同じ時に生を受け、同じ日々に出会った限りなくわずかな人間じゃないですか!
「醜い。それが人間の本質だ」
ナイフのように尖った言葉が、男の胸をえぐる。皮膚は裂け、目が潰れ、真っ赤に染まった演台の真ん中で、男は震えながら、それでもやめなかった。
水を分け与えましょうよ! 食物を分け合いましょうよ!
助け合いましょうよ! 譲り合いましょうよ!
割り込みとかやめましょうよ!じいちゃんの足が震えてたら席譲りましょうよ!寝たふりとかやめましょうよ!
仲間はずれはやめましょうよ!いじめるのやめましょうよ!尊重しあいましょうよ!
いばり散らすのやめましょうよ!ゴミが落ちてたら拾いましょうよ!裏側で働く人を想像しましょうよ!
暴力はやめましょうよ! 人を殺すのはやめましょうよ!殺し合うのはやめましょうよ!
人は孤独だけれど、人は人と生きるのです!
人は誰しもが、生きているのです!
生きましょうよ!この世界を…生きましょうよ…!
男の声はかすれ、体は崩れおち、手も足も、もう動かなかった。男はただ懸命に顔を持ち上げ、すでに誰一人いなくなった荒野にむかって叫び続けた。
笑いましょう…!泣きましょう…!語り合いましょう…!支えあいましょう…!
生きましょう…!人と共に、この世界を…! 一生懸命に、前を向いて…!
薄れゆく意識の中で、男は地平線の彼方にいるひとりの少年を見た。頭に被せられた土気色のマスクを脱ぎ去り、小さな拳を握りしめ、こちらを振り返る少年を。しっかりと開かれた目の奥には、確かに光が宿り一歩ずつその足を前に踏み出していた。
男は笑った。心からの喜びに涙を流して笑った。
そして、渇望したその小さな手を目前に、そのまま二度と動かなくなった。
あとがき
こ・・こわい・・・。深夜に書くようなお話じゃないですかね。でもなんか、思うんですよね。おじいちゃん、おばあちゃんに席を譲りましょう。困っている人がいたら助けてあげましょう。人に優しくしましょう。朝は笑って挨拶をしましょう。・・・小さな時と同じように、むしろそれ以上にこういうメッセージが世の中には溢れていて、悲しくなることがある。
人は人を羨んだり妬んだり蔑んだり憎んだり、それが人間の本質なのかもしれないけれど、同じだけ素晴らしい生き物でもあると信じたいし、そうありたい。そんなことを考えて書いたお話でございました。
それでは、今日はこのへんで。最後まで読んでくれてありがとうございます。
また、次のお話で。