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SATTYのDREAM LIFE!

人生はたくさんの夢と物語でできているのだ。空想と妄想がつまった私の日記。

文章のお勉強「毎日書いていくために、なんにも書く事がないときは、牛丼を書く」

文章のお勉強

こんにちは!SATTYです。

この春なにを始めたか?私は文章の勉強を始めます!今、まさに!

こないだお父さんに、「お前はもっと勉強せんといかんぞ」と言われたので、「書く事」を勉強してみることにしました。本屋さんに行ってみると・・・さっそくあるある。 

書きたいのに書けない人のための文章教室

書きたいのに書けない人のための文章教室

 

 書きたいから書き始められるようにはなったけども、まだまだこれから。そうじゃないと、父ちゃんの背中には追いつかないよ。文章教室というなら文章の勉強になるんじゃん!きっとそうじゃん!しかも帯にも書いてあるよ!「大人のための文章入門!」キタコレーーーと、思いまして、さっそくお買い上げ。

しばらくこの本をテーマに、学習してみることにします!(不定期更新)

そして今日のテーマは・・・・コレだ!

「何事も起きなかった日をどう書くか」

著者である清水先生は、文章を毎日かくことを勧められています。それはなぜか。この本は文章教室なので、ブログでいうところの「PV」とか「定期読者」とかそういう概念で毎日書くことを勧められているわけではありません。

私のこのブログはノージャンルのいわゆる日記ブログに近しいと思うのですが、毎日日記をつけるなりすると、何もドラマチックな出来事がない日が出てきます。そもそも毎日書けてません。

清水先生が毎日書くことを推奨する理由、ここで少し引用させていただくと・・・

特筆すべき出来事がたてつづけに起こる日もあれば、平凡な日常通りの日もある。〜中略〜食べた料理の感想しか書いていない日などは、さしづめ料理エッセイの日。読み終わった本について感想を書いた日は、いわば評論の日ということになります。

そんなふうに「日記」といっても書けることは思いのほか多彩で、つまりはあらゆるジャンルを書き分けることになるのです。

ー『書きたいのに書けない人のための文章教室』より 

なるほど・・・つまり毎日書くことで様々なジャンルを書き分ける、文章の練習ができるということですね。いいよいいよ。では、何も書くことがねーぞーという時にどうするか。

じつはそういう日こそが、面白い文章を書くチャンスなのです。記録すべき必要がないということは、逆にいえば題材が自由ということです。必要に迫られた題材が何もないときに、ふだんは書かないような材料を周囲から見つけて気ままに書くことができます。

ー『書きたいのに書けない人のための文章教室』より

おぉぉーーー清水先生!めっちゃポジティブですやん!わかりました、わかりましたよ先生。奇しくも今日は、何もなかった!先生、私の今日は何もありませんでした。なので、私は・・・『牛丼』を語りたいと思います!

牛丼!by 吉野家

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牛丼フリークのあなたならきっと、なんぼでも書けますわ、ソレと思われることでしょう。テーマ甘いんじゃないの?と失笑をされることでしょう。しかし誤解をしないでもらいたい。私は違う。牛丼に思い入れなんぞ・・・ない!

しかも今日の私のチャレンジは、この牛丼の味にはまったく触れずに牛丼を観察することで何が書けるのか、に挑戦したいと思います・・!ワァーーーーースゲーーーーー

武者震いをしています・・そんなことが、果たしてできるのか・・。しかし、私はやると決めたらやる女・・。たとえ負け戦になってもいいのです。その無様な姿を見届けてやってください。不可能に果敢に立ち向かい、藻屑と消えた私の勇姿をその目に焼き付けてください!

・・ということで、さっそく書いてみたいと思います。いざ!

Lesson『幸せの茶色い牛丼』

私の目の前には、牛丼がある。吉野家の牛丼。最後に食したのは、いつだろう?思い出せないくらい昔、ただオレンジ色のネオンサインと、キン肉マンの歌だけはしっかりと覚えている。

丼という名の穴の中に、米と肉。そしてちょっぴりの玉ねぎ。どれが欠けても成り立たない、絶妙のバランスでもって、この料理は限りなく完成に近い姿でたたずんでいる。飴色に光る玉ねぎは今にも繊維が溶けそうで、ちぢれた肉に寄り添っている。両者が体いっぱいに吸い込んでいるのは、果たしてどんな味なのか。

30秒という奇跡的な時間で調理を終え、私の元に運ばれてきたこいつを、30秒以上かけてまじまじと眺めている。丼に添えた手のひらからは、出来立ての食べ物がもつ、美味しそうな温度が伝わってくる。このじんわりとした柔らかい温度は、幸せの温度とすなわち同意だ。

決して高級とはいえないこの料理は、果たして今まで何人の人を虜にしてきたのだろう。お金がない時には、握り締めたなけなしの小銭と引き換えに。友と語らった朝には、まだ終わっていない一日の名残り惜しさと引き換えに。

カウンターには客がもう一人。春だというのに外は雨で、ダウンジャケットを着込んだまま、一杯の牛丼をかっこんでいる。冷えた頬に、ほんのりと赤みが戻り、夢中で口を動かす男。山のようなショウガを熱心に丼へと運ぶ、その横顔を見て、彼は幸せそうだ、そう思った。

感想と反省

ーーープハ!!もう限界、もう限界であるよ!途中であまりの思考困惑のため、店内の人にまで話を及ばせてしまいました。これは減点ですね、マイナス50。キビシーーー

肝心かなめの食材について書き連ねるのは、なかなか難しいです。ですが、「これをどう書く!?」ということを目一杯考えながら見続けると、いろいろ発見もありますね。

玉ねぎのこの状態は、なんて表現するべきか・・・とか。丼あったかい・・これは何のあったかさだ・・・とか。普段なら、入店→注文→はい食す。と何にも考えることなく進めていますけど、書こうと思うと目の前のものから結構な情報がいただけるものだと感じました。これ発見!

今日の文章のまなび

なんにも書くことがない時には、目の前にあるもので文章を書こうとしてみると、結構面白いよ!

 

以上!文章のお勉強、生徒第1号のSATTYがお届けしましたーー

また次回、お会いしましょーー