SATTYのDREAM LIFE!

人生はたくさんの夢と物語でできているのだ。空想と妄想がつまった私の日記。

小説を書けない妄想作家がお届けする7分間のラブストーリー「恋缶。」解禁!

最初に

この物語は、小説を書けない妄想作家志望のSATTYが、なんとかして「処女作」を書ききるという企画によって作られた物語です。読み苦しい点があるかと思いますが、どうぞお楽しみいただければ幸いです。

これまでの振り返り

前回は、ストーリーを作るために『三幕構成』というものを知り、作りたいお話を整理しました。今回は、その構想を元に、どうにかして一つの物語を書いてみようという実践編です。
(参考:「物語」の作り方入門ー妄想作家は処女作を書くことができるのか!?【ストーリー編】

また、今回のお話を作るきっかけとなったのは、こちらのお話です。これから始まるのは、この短いお話の続きの物語となります。
(参考:土曜日の空き缶回収の準備をしてたら、空き缶のブルースが聞こえてきて超切ない

おもな登場人物

これまでのあらすじ

5年前、とある家のゴミ袋の中で出会った空き缶仲間たち。一夜だけの忘れられない時間をすごした彼らは、やがてそれぞれの場所へと旅立って(回収されて)いった。

その夜運命的な恋に落ちた二人(缶)、タリーズブラックとティーティー。「いつか二人(缶)で新しい飲み物をつくろう」と約束を交わし、離れ離れになった二人は・・・。

7分間のショートストーリー『恋缶。』 by 妄想作家見習い・SATTYノ介

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一章 彼の面影

ちょうどあの夜も、今日のように生あたたかい風が吹く5月だった。

誰もが宴の終わりの予感を感じながら、白んでいく朝の空から目をそむけ、口をつぐんでいた。 甘ったるい紅茶と麦の匂いが混ざり合った、お世辞にも快適とは言えないゴミ袋の中で語られた小さな夢は、大きなゴミ収集車にあっけなく飲み込まれ、ちりじりになっていった。

あれから何年かが過ぎ、世の中の大概のことは受け入れられるぐらいに大人になっていた。叶わない夢があることも、結ばれない恋があることも、十分すぎるほどに知ってしまった。それでも時々、思い出したかのようにあの夜の光景が甦るのは、平凡な人生の中で唯一輝いていた過去の自分への未練なのか、それとも忘れられぬ恋人への執念なのか。

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ティーティーは、そんなことを考えながら段ボールの中でゴトゴトと揺れていた。もう何度目かの出荷。若かりし頃に抱いていたような胸の高まりは、いつからか失ってしまった。コンビニの棚に陳列され、どこかの誰かが気まぐれに購入し、飲み干されたティーティーはゴミ箱に捨てられ、そしてまた再生される。何度も繰り返されてきた変わりばえのない日々が、また始まるだけだ。

 

あの夜、ゴミ袋の中で出会った仲間達とは、あれ以来出会うことはなかった。いつか一緒に新しい世界を作ろう、と甘い言葉を囁いた恋人とも。

 彼は優しい男だった。真っ黒なボディとボトルキャップは、洗練された都会の男の色気を感じさせた。突然訪れた運命のような出会いに、ティーティーは夢中になり、コーヒーと紅茶の新しい飲み物を作るんだと、熱のこもった瞳で語る彼の言葉を信じた。別れの時はすぐに訪れたが、たった一時の情熱的な恋は、ティーティーの人生(缶生)から長い間失われることはなかった。

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「次に出会った時には」「いつか君と二人で」

期限のない不確かな約束を頼りに、出荷先のコンビニ棚で、買い物かごの中で、ゴミ袋に溜まった空き缶の中で、ティーティーはいつも彼の姿を探した。似たような背格好のブラックコーヒーを見つけて、跳ね上がるほどの胸の高鳴りを感じたこともあった。そして、それが別ブランドの新製品であると知った時には、それまで以上の喪失感に襲われた。

数ヶ月前ぐらいからか、もう彼には会えないのかもしれない、とティーティーは思うようになった。それは、これ以上傷つきたくないという防衛本能だったのかもしれない。忘れたい、とはまだ思えなかった。だけど少なくとも、忘れた方が楽になれる、ということを知るには十分な時間が過ぎていた。

 

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 段ボール箱開封され、光が差し込む。どうやら、出荷先についたらしい。一本また一本と缶たちが陳列棚に並べられていく。ティーティーの体が持ち上げられ、冷えた陳列棚が目前に迫ったその時、彼女の目に信じられない光景が飛び込んできた。

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タリーズコーヒーバリスターズ・ラテ」

胸が大きく波打つのがわかった。何年も夢にまで見たロゴマーク。すっと背筋の伸びたたたずまい、小さなボトルキャップ。彼と瓜二つの姿で陳列棚に並ぶ、若いコーヒー缶。

ーそんな・・・まさか・・・。

鳴り止まない鼓動と、混乱する思考の中で、ふいにティーティーの脳裏に、遠い日に投げかけられた彼の言葉が蘇った。

「君と僕で新しい飲み物をつくろう・・ミルクは多めがいいね」

見間違いかもしれない、ティーティーは何度もそう思った。しかし、先ほど目に焼き付けてしまった光景は簡単には消えてくれず、ティーティーはあまりにも酷な現実を受け止めるしかなかった。あれは、彼、タリーズコーヒー・ブラックのまぎれもない息子だった。

二章 訪れる絶望

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それからしばらくのことを、ティーティーは覚えていない。自分がどのようにして買われ、誰に飲まれたのか。気がつけば公園のゴミ箱の中にいた。淀んだ五月の空からは、冷たい雨が降り始め、パタパタとティーティーの体に当たっては小さな音をたてた。

ーみじめ。

ティーティーはつぶやいた。何年も何年も、たったひとつの言葉にすがり、平凡すぎる毎日に淡い希望を抱いていた。いつか恋人と運命的な再会を果たすのだ、そうすればこれまでの時間は報われる。もう一度あの恍惚とした時間の中で、誰よりも幸せな缶になれるのだ。

そう信じていたかっただけ。ティーティーに答えなど必要なかった。そうすれば、永遠に夢を見ていられたのだから。

かつての恋人の温もりも甘い言葉も、とっくに別の誰かのものになっていたことを知る、あまりにも突然で冷酷な出会い。目の前に現れたバリスターズ・ラテは、ティーティーと彼が叶えるはずの夢そのものだった。

ーミルクたっぷりの・・甘さ控えめの・・・大人の飲み物・・・そう、言ってたわね。

冷たい雨に紛れて、ティーティーは声を殺して泣いた。このまま少しづつ忘れ去っていければ良かったのに。答えを知らないままに、風化した想い出にしてしまえれば良かったのに。

とめどなく流れる涙に、まだほんの少しも忘れられていなかった自分を思い知り、波のように押し寄せる胸の痛みと向き合うしかなかった。時の流れは残酷だ。ティーティーただ一人(缶)だけが、あの夜から動けずにうずくまる。かつての恋人は、もう手の届かないところにいると、この時初めて思い知った。 

 

しばらくぶりに会った友人に、思わず話し始めてから後悔した。ただ、ティーティーの頭の中は、数日前の出来事に埋め尽くされていて、それ以外の言葉が出てこなかった。

「昔の恋人の、子供を見ちゃったんだ。」

友人の紅茶花伝は、目を丸くして驚いた。

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「え?昔の恋人って・・タリーズブラック?」

他人(他缶)の口から彼の名を聞くと、また胸がじわっと疼いた。

「信じらんない、最悪。忘れた方がいいよ!彼、なんかちょっと気障ったらしいところあったし。都合のいいことをいろんな女に言ってたんだよ、きっと。離れて正解。他にもっといい人(缶)いるって。忘れよ忘れよ。ほい、元気出せって!缶オケ(缶が自分の体をポコポコ鳴らす遊び)でもする?」

「そうだよね、もっといい缶いるよね」

乾いた笑いで適当な相槌を打つのがティーティーの精一杯だった。恋人を失った自分に慰めの言葉をかけようとしていることは、理解している。ただ、どうしようもなくこみ上げる嫌悪感に、目眩がした。

目の前で喋り続ける友人の声が聞こえない。あの夜投げかけられた言葉も、確かに感じた感情すらも、偽物にしなければならないのだろうか。

お前に何がわかる、そう心の声が叫んでいた。そうして、面倒臭い女になった自分が醜くて惨めで、涙がこぼれそうになるのを必死に笑いながら堪えた。こんな日がいつまで続くのだろうかと、明日が来る絶望に恐ろしくなった。

三章 ゴミ袋の再会

何も考えずに、流れに身を委ねてさえいれば、日常は勝手に過ぎ去っていく。走り出した列車のように時は前にしか進まず、ティーティーの心だけがどこか遠くに置き去りになったまま。空っぽの体は、いつもと同じようにゴミ袋に投げ込まれ、カランと小さな音をたてる。

「・・ティーティー?」

聞き覚えのある声に、振り返るとそこには懐かしい顔があった。

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「・・・・BOSS」

パイプをくわえた相変わらずのしかめ面に、溜め込んでいた何かがプツリと切れた。気がつけばティーティーはBOSSの体に顔をこすりつけ、子供のように泣きじゃくり、この数日のことを、醜い自分の感情を、ひたすらに吐き出し続けていた。BOSSは驚きと哀れみの後、じっと黙ったまま、疲れ切ったボロキレのようなティーティーの叫びに耳を傾けた。

 

「少しは落ち着いたかい?」

優しい声がした。低くて太いしゃがれ声が、荒れたティーティーの心に染み込む。こんな声だった・・遠い日のゴミ袋の匂いすら蘇るような気がした。

「ごめんなさい・・みっともないところを見せてしまって」

「かまわんよ、少し驚いたけどね。君がそんなに取り乱すところを見たことはなかったから」

そう言って、豪快に笑うBOSSの温かさが嬉しかった。

BOSSはしばらくの間、ティーティーの肩をカンカンと優しくたたき、こう続けた。

「なぁ、ティーティー。ここから先は独り言なんだけど、この家の主人はコーヒーがすきでなぁ。毎日いろんなコーヒーを飲むんだが、土曜の午後はタリーズブラックの日なんだよ。俺は知ってるのさ、もう何度もここには来ているからね。」

思いがけないBOSSの独白に、ティーティーは思わず目を見張った。

「そして、ティーティー、今日は金曜だ。間違いない、明日の午後タリーズブラックはここにくる。君は、どうしたい?」

「・・・・・」

「それから大事なことがもう一つある。明日の早朝は空き缶回収だ。このままここにいたら、君も俺も回収される。タリーズには会えない。」

BOSSはそう言って、ティーティーの顔をじっと見つめた。心のうちを読まれているようで、ティーティーは思わず顔を背けた。

「もう一度言うよ、ティーティー。君はどうしたい?このままでは、君はタリーズには会えない。また歯車が噛み合うまでの長い長い時間を過ごすかい?それならそれでもかまわない。君が決めることだ。ただ、もういいだろう。もうそろそろ、動かさないといけないんじゃないか?君の時間を」

ティーティーは混乱する頭の中で、ただ確かに、一つしかない答えを知っていた。その答えを選択しなかった時に訪れる、後悔も。

 

「会いたい・・タリーズブラックに会いたい。」

絞り出すように呟いたティーティーの言葉に、BOSSは笑った。

「よし、いい子だ。そうと決まれば話は早い。いいかい、ティーティー。この袋の隙間から転がって、あの角に隠れてな。なに、この家の主人はズボラなやつで、そこの角まで気にしたりはしない。いつもあの辺に、2、3缶転がってたりするんだ。そしたら、静かに待ってるんだよ。午後になればきっと、タリーズブラックが来るはずだ。」

「BOSSは?BOSSも残ってくれるんでしょう?」

「バカなことを言うなよ。せっかくの再会に水を差すようなことはしないよ。俺は大人しく、回収だ」

不安気な表情を見せるティーティーに言い聞かせるように、BOSSは語り続けた。

「なぁ、ティーティー。この世の中には、たくさんの缶がいるんだぜ。俺はもうそりゃぁいろんな缶に出会ってきた。その中でもさ、あの夜は特別な夜だったよなぁ。あん時俺は、缶でよかったなぁって思ったよ。本当さ。こんなにたくさんの缶がいるのに、俺たちは一つの袋の中で出会えたんだ。それは、君とタリーズだって同じだろう?」

BOSSのしゃがれ声は、遠いところから聞こえてくる祈りにも似て、ティーティーの凍りついた感情を溶かしていった。背中を優しく押し出され、ティーティーは袋から床へと降り立つ。

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言われた通りにカラカラと体を転がすと、部屋の隅っこにある扉の影に身を潜めた。ちょうどその時、主人の大きな手がBOSSの入ったゴミ袋を持ち上げ、取っ手部分を縛り上げる。半透明のゴミ袋から、こちらを見つめるBOSSの優しい顔がうっすらと見えた。

ティーティー、またな!タリーズによろしく言っといてくれ!出航ーーーーーーー!」

その声は、あっという間に遠くへと消え去り、ティーティーは訪れた静けさの中で、BOSSの大きな愛情を噛み締めた。

四章 歩き出す時間

何時間たっただろう。いつの間にかあたりは明るくなっていた。差し込む日差しが眩しくてティーティーはうっすらと目を開ける。夢と現実の狭間のようなぼんやりとした意識の中、そこに凛と背筋をのばす黒い影を見つめた。背後から差す光で顔が見えない。けれど、ティーティーにはわかった。もう何年も思い焦がれたその影が、誰なのかを。

タリーズブラックね・・やっと会えた」

それだけで十分だった。積み重ねてきた思いは言葉にすらならず、心が穏やかに満たされていくのを、ただ感じていた。

ティーティー、君と話したかった。長い間ずっと。」

 

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それから一週間、ゴミ袋の中で二人(缶)はいろいろなことを話した。これまで見てきた景色のことを、出会った缶たちのことを。何を思い、何を感じて生きてきたのかを、話し続けた。離れていた時間を埋めるのはたやすく、あの日と同じ二人(缶)がそこにはいた。ただ一つの事実をのぞいて。

ティーティー、君に伝えないといけないことがある」

「ええ。・・知ってるわ」

タリーズブラックは、一瞬驚いた表情を見せ、やがて頷いた。

「素敵な、ラテね。」

「・・ありがとう。」

ティーティーは自問自答を繰り返していた。自分が伝えたかったことは、こんなことだったのだろうか?泣き叫び、苦しんだ日々があった。なぜ裏切ったのかと、言葉の限りを尽くしても足りないくらいの悔しさに眠れない夜があった。

彼女はどんな人なの?

私よりも好きなの?

同じように愛を語ったの?

私のことは忘れてしまったの?

聞きたかったはずのどの答えをもらえば、自分が満足できるのかがわからなかった。何を言われても、辛くなるだけのような気がして、こみ上げる言葉は形にならずに消えていく。

ー私たちは、あの夜には戻れない。

互いに積み重ねてきた過去は、消えることはないのだ。すべては、過ぎ去った。

 

「僕のいるコーヒー業界に、ミルク革命が起きてね、いろんなところでラテが生まれた。僕も、その一人だった。僕は、ずっと・・」

「・・やめましょう。」

ティーティーは、自分でも気がつかないうちにそう言っていた。

タリーズブラックで埋め尽くされた、日々。流れるままに、色のない景色の中で彼の姿ばかりを探していた自分。ティーティーは、真っさらになりたかった。自分の意思で、もう一度前へと歩きたかった。

 

「一つだけ聞いてもいい?」

ティーティーは、ゆっくりと振り返り、変わらないボトルキャップの下の優しい眼差しに問う。

「あの夜、あなたがくれた時間は、ずっと変わらないよね。」

タリーズブラックは、彼女の目をじっと見つめ、ゆっくり微笑みうなずいた。

 

どれだけ願っても叶わないことがある。どんなに辛くても変えられない過去がある。ただ、信じるべきものを胸に刻み、歩き出した先に見える世界は自分だけのものだ。

 

そうして2度目の別れが訪れる頃、進みだした彼女の時間に、静かな夜明けの光が差し込んでいた。