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SATTYのDREAM LIFE!

人生はたくさんの夢と物語でできているのだ。空想と妄想がつまった私の日記。

正しい現実逃避をすると、頭の中がお花畑になるらしい

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友人のMr.ピエール君は、微笑みをたたえながらいった。

「SATTYの脳みそはお花畑だね。」

よく知ってるね。そうだよ、その通り。夢、希望、愛、友情、私はキレイゴトが大好きだ。すると、ピエール君はこうやって私を諭す。

「世の中そんなに甘くないよ」

「夢ばっかみててもしょうがないよ」

「簡単に人を信じちゃいけないよ」

「それは“キレイゴト”じゃない?」

うんうん、そうそう、知ってる知ってる。そうなんだよ、やっぱりさ、ある程度生きてくるとさ、そのへん見えてきちゃうんだ

知らなきゃいけないことってあるよね。噛みしめなきゃいけない苦い味ってのももちろんある。旨いもんだけ食べてたいんだけどね、ホントは。

人生山あり谷ありっていうけど、トゲだらけの荒地に、ズブズブの泥沼まであるんだから結構厳しいもんだよね。歩いていたらさ、知らない間にそういう場所にも遭遇するんだよ。キレイに舗装された道ばっかり歩けるわけじゃないもの。

でもさぁ、ずっとマジメに向き合ってんのも、しんどくない?

自転車倒すおっさんにトドメをさされた

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こないださ、仕事やらなんやらでひどく疲弊した帰り道に、自転車倒すおっさんに遭遇したの。 駅前に止めてある自転車をさ、うひゃひゃーって笑いながらガッシャンガッシャン倒してんだよ。唖然とした。

こちとら、もう頑張って働いて怒られて嫌味のひとつも言われて、腐りきってヘロヘロで帰ってきたわけだよ。そんなの知ったこっちゃないと、おっさんも言うかもしれないけど、参ったよー。それ見た瞬間、どっときた。ダメ押しのトドメ刺された。

終わってんな、この世界はって思った。なんでこんなことばっか起きるんだよ、ってイラついた。

そういう感情ってさ、やっぱしんどいじゃん?疲れるよ。全部投げ出したくなる。じゃぁどうするかってさ、もう、現実逃避するしかなくない?

正しい脳内お花畑のススメ

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あーこれ今きっつい所歩いてるわ―って思う時、ひたすらにその過酷な荒地を裸足で歩き続けるのって、難しいんだよ。のども乾くし、足も痛くなるし、傷はいっぱいできるし、体も気持ちもどんどん消耗するよ。

そういう時はさ、オアシスオアシス。いったん歩くのやめてね、休むの。オアシスにはさ、いっぱい水もあるし、花も咲いてる。キレイだわ―、いい匂いするわーって、頭の中にお花畑を作っていくの。しっかり回復するまで、時間をかけてさ。

オアシスはどこにあるのかって?あなたにとって、居心地のいい場所にあるよ。人によってそれは、友達と過ごす時間にあるかもしれないし、旅先の知らない街にあるのかもしれない。

私の場合は、本を読んだり、マンガを読んだりすることが多いかな。できれば、美しい物語がいい。読んだ後に、スーッと心が潤うようなね。現実のアレコレは忘れて、違う別世界に浸ってみるの。夢みたり、愛したり、熱くなったりするの。

ちなみに。所詮それも作り物の世界のキレイごとでしょ、なんて野暮なこと言わないでよ。そんなの関係ないんだよ。生身で生きている私の心が震えたなら、その物語には「本物」と同じだけの“力”があるはずでしょ?

これってやっぱり現実逃避なのかなぁ。現実逃避なんだろうね。現実から目を背けてないで、真実みろよって思う?

イタタタ・・・耳は確かに痛い。でもまぁ、いいんじゃないかな。たまには現実逃避したら。いずれ現実に戻らなきゃいけないことなんて、嫌ってほどわかってるんだから。お花畑で夢見てるうちに、気づくこともあるんだ。

程よい距離感が世界を広げる

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だいたい落ち込んだり、腐ったりしてるときってさ、見えてる世界が狭くなってることが多いんだよね。目の前で起きている嫌な出来事が、世界の全てかのように「こんな世の中はくそくらえだ」なんてさ。負のスパイラル。

自転車倒すおっさんがいたからって、おっさんすべてが悪か?そんなわけないよね。でも、あんまり自転車倒すおっさんに近づきすぎると(物理的距離じゃなくて、気持ちの距離ね)周りが見えなくなって、まるで自転車のおっさんが人間の全てみたいに悲観的になる。大事な人に笑いかける余裕すら、足りなくなってくる。

距離感って大事だと思うんだよ。なんでもかんでも寄り添って、近づいて、距離を縮めればいいかというと、そうでもないような気がするんだ。100%の距離感もあれば、5%の距離感もある。全てに全力投球じゃない方が、案外うまくいったりするのかもしれないよ。

全力でのめり込めることはいいこともあるよ。だけど、一歩引いてみることも同じくらい必要じゃない?ちょっとだけ後ろにさがったら、違う世界が目に入ってくる。

何を見つけるかは、自分で選べるから

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自転車倒すおっさんもいればさ、ハンカチ拾って走って追いかけてくれるおっさんもいるんだよ。理不尽なこという上司もいればさ、理由もないのに気にかけてくれる後輩もいるよ。苦手な人もいればさ、引き寄せあう相手もいるよ。

いいことも悪いことも、色んな出来事も、いろんな人も、いろんな物語がちりばめられてるのが世界なんだ。

だからさ、余裕がなくて視野がせまくなっちゃったときには、違う世界を見に行こうよ。あえてさ、グンと距離をとってみるの。現実逃避で構わない。つくりものでも構わない。 そしたらそのうち、気持ちがちゃんと動き出す。

「この世界も、そういや結構いいとこあったよなぁ」なんて思い出せたらさ、ちょっと見え方変わってくるから。あれ、こんなとこに花咲いてたんじゃんって、気づけるから。

荒れた土地を全部なくすことはできないんだ。でもさ、どんなすさんだ場所にだって、掃き溜めみたいな場所にだって、花は咲いてるんだ。

私はさぁ、そうやってどんだけたくさんの花を見つけられるかが、人生を満たしていくと思うんだよ。

どうせ探すなら、トゲトゲした重ーい石よりもキレイな花の方がいいじゃん。毎日がきっともう少し心地よくなるよ。

頭の中がお花畑?最高じゃんか。コツコツ見つけてきたかいがあったよ。

どうだろう、Mr.ピエール君。そうやって私は生きてきた。

そんな話。

 

それでは今日はこの辺で。

また次のお話で。